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新聞掲載記事

更新:2004/06/21

特許権の正体-他人の権利には注意が必要

独占を保証しない排他権
      
 発明相談会では時々、誤った命題を前提に相談される方がいらっしゃいます。特許に関する誤った命題の一つに「特許権は独占権だから特許権者は無条件に自己の発明を実施できるのだ」というものがあります。その間違いの核心を、ライバルの甲社から警告を受けた乙社の社長Qと弁理士Pとの会話で再現してみましょう。

Q 工作機械の新製品を発表したところ、その新製品は甲社の特許を侵害しているとの警告を受けました。しかし、その新製品については我社(乙社)も独自に特許を取っており、他社にとやかく言われる筋合いはないはずです。

P 予め送っていただいた書類を検討しました。結論をお話する前にまず社長様の認識を改めていただく必要があります。つまり、特許権というのは常に独占権であるとは限らない。むしろ他人の権利との関係で独占権とは言えない場合も多いのです。

Q えっ、特許は技術の独占実施を保証する権利ではないのですか?

P それは世間でささやかれている「特許=独占」という単純図式に惑わされた勝手な思い込みに過ぎません。特許権といえども他人の権利との間で力関係に優劣を生じることがあります。特に工作機械のように成熟した技術分野では既存の技術に改良を積み重ね、改良の成果をその都度特許出願することが多い。
 このような場合には特に他人の特許権との関係に注意する必要があります。素人の方には、特許権は独占権などではなく、むしろ排他権であると理解していただく方が間違いが少ないのです。

Q 独占と排他? 結局は同じことの裏表ではないのですか?

P これは単なる言葉遊びではありません。排他とは、特許を得た発明を特許権者以外の者が許可なく実施することを排除又は禁止できるという意味です。他者を排除できることと、自分だけが実施できること(即ち独占実施)とはイコールではありません。特許権者といえども、自己の発明の実施が常に正当化されるわけではないのです。

Q それでは特許を取る意味って何ですか?

P まあ落ち着いてください。特許権の効力として常に保証されているのは、他人が許可無く特許発明を実施するのを排除できるという効力(排他的効力)だけです。自分が特許を得た発明を実施する場合でも、それが自己の特許発明の実施にも該当するが、同時に他人の特許権についての特許発明をも実施することになるような場合には、その技術を使うことは許されません。他人の特許権の排他的効力が働くからであり、そのことを無視して実施すれば、他人の特許権の侵害になります。

Q すると、自分が特許を取った技術を実施する場合でも、それを実施して良いか否かは他人の特許権の存在に左右されるということですか?

P 全くその通りです。そして今回ご相談を受けた件は、まさにその「自分の特許発明の実施が他人の特許権によって制約される」場合に当てはまるのです。

Q 具体的に教えてください。
P 甲社の特許は、工作機械において軸受け用の特殊部品Aを用いる点に特徴があります。他方、乙社の特許は、特殊部品Aを用いた同形式の工作機械に対して、特殊部品Aの磨耗を防止するための磨耗防止機構Bを付加した点に特徴があります。甲社の特許発明を(A)と表現すれば、乙社の特許発明は(A+B)です。従って、乙社の発明は基本発明(A)を利用する改良発明(A+B)と位置付けられます。

Q 確かに乙社の新製品は、甲社の特殊部品A付き工作機械を改良したものです。しかし、甲社の工作機械に対するユーザーの評価は、部品Aの磨耗が激しく保守管理費用がかさんで使い物にならないというものでした。特許庁の審査でも甲社の発明(A)の存在を指摘されましたが、(A+B)の技術的優秀性を主張したところ特許されました。

P 残念ながら乙社が特許を得たからと言って、先発の甲社特許が否定されたわけではありません。また、特許庁が特許を認めたとしても、その特許発明を現実に実施してよいか否かの判断は権利者の自己責任とされています。そして今回、基本発明(A)と改良発明(A+B)とは、概念図に示したような包含関係にあります。つまり、乙社が新製品(A+B)を製造・販売することは、自社の特許発明(A+B)の実施に該当するが、同時に他社の特許発明(A)を実施することにもなる。このように不可避的に甲社の特許技術を使用する乙社の新製品は、甲社の特許を侵害しているというのが結論です。

Q 乙社が新製品(A+B)に関する特許を取っても無駄だったと?

P それは違います。後発の特許権であっても排他的効力はあります。ですから、もし仮に甲社が、自社特許の範囲内だからと言って乙社の許可なく発明(A+B)を製品化すれば、それは乙社の特許を侵害することになります。見方を変えれば、(A+B)に関する乙社特許は、(A)に関する甲社特許のど真中に風穴をあけたとも、後発の特許が先発の特許の価値を値切ったとも言えるわけで、この形式の工作機械分野における甲社の技術支配を阻止した意味は大きいと思います。

Q 発明(A+B)に関しては甲社も乙社も実施できないのでしょうか?

P 現段階ではそれぞれの特許が互いに足を引っ張り合う関係のため、両社とも実施できませんが、一方が他方から特許の実施許諾を得れば、許諾を得た方は実施できます。

Q 甲社は乙社のために実施許諾してくれるでしょうか?

P 乙社は(A+B)に関する改良特許という有力な交渉材料を持っています。特殊部品Aを用いただけでは工作機械が使い物にならず、製品化のためには磨耗防止機構Bが絶対必要という状況下では、甲社も乙社特許の実施許諾を欲する可能性があります。仮に両社が互いの特許の使用を許し合うこと(クロスライセンス)が実現すれば、改良発明(A+B)に関する工作機械を「二社独占」で市場に出すことができます。

Q もし甲社が実施許諾に応じなかったら?

P 原則的には時を待ちます。通常、基本特許は改良特許よりも先に権利消滅するので、甲社の特許権が消滅して乙社の特許だけが残った暁には、乙社特許は「事実上の独占権」の地位を得ることになるでしょう。
弁理士 服部 素明