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新聞掲載記事

更新:2012/06/21

私が弁理士登録した頃(7)

 私は専門学校機械科を卒業し、1950年、河本製機(株)で特許係を兼務。弁理士試験の通信教育会に加入。十年後の1960年に合格し開業。水野末明先輩に一年間半日修業した。弁理士試験受験勉強会を主催したのは同業者を増やそうとしている異端者であると、十名位の先輩の一部から疎まれた。半年後に中部日本弁理士倶楽部への入会を許され、名古屋商工会議所の発明相談を五十年間担当するようになった。また、三重県の数商工会議所で発明相談を担当し、開業初年に出願件数は百件を超えた。1963年に受験勉強で知り合った(株)豊田自動織機、特許室長の鈴木福一さんの御手引で同社の特許出願を担当させて頂けるようになり(感謝)、上場会社との御縁が少しずつ広がった。恩田博宣弁理士は合格後、私を頼って来たので、給料は女子事務員と同じ二万円で1966年、私に勤め、今日の日本の有数で世界に知られる特許事務所を築きあげた。私の基で修業した弁理士は約二十名いる。開業後五十年経ち当時東海地方の弁理士は十名であったが、今は六百二十八名であり感無量である。

弁理士 岡田 英彦