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新聞掲載記事

更新:2006/02/05

特許明細書の読み方

1.始めに
 特許の専門家である弁理士として、どうしてもお伝えしたいことがあります。それは特許明細書の読み方です。これを技術者自身が正しく理解するならば貴社の技術開発のスピードが加速される可能性があります。逆にこれを知らなければ、技術開発は必要以上に大回りをし、貴社のみならず日本の産業界としても目に見えない大きな損失をします。
 多くの技術者が請求範囲に関して知らない事項というのは、次の通りです。例えば、請求範囲のある請求項の構成要件がA+B+Cであったときに、Cを除いたA+Bの技術は実施しても違法ではないということです。多くの技術者の方々はなんとなくAもBもCもどれも実施してはいけないとおぼろげに思っておられるのです。利用の限界がどこにあるかを正確にはご存知ないのです。
 こんな簡単なこととお思いの特許関係者の方もいらっしゃると思いますが、しかし、この業務に40年以上の経験がある筆者が遭遇した事実は、知財管理が徹底されているはずの多くの著名企業において、技術開発の最先端に何年もいらっしゃる技術者の多くが「ご存知ない」ということでした。
 それはある意味では当然といえます。特許法第36条第6項では請求項に関して、「特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない」と規定されているだけなのですから法律の専門家ではない技術者ならば読み飛ばしても無理はありません。

2.請求項に関する規定
 「発明を特定するため」の「事項」とは、平たく言えば、発明のポイントです。つまり、「特許請求の範囲」には「必要」な「ポイントのみ」を「すべて」書きなさい、といっていることになります。従って、仮にある事項を請求の範囲に書いてしまったとしますと、その事項は実際にはどうでもいい事項でも、法律上は「必要なポイント(実務上「発明特定事項」と言います。)」となってしまうことになります。
 逆にいえば、請求範囲に書かれたいくつかの事項のうち、たった一つの事項でも欠けていれば、もうその技術は特許された技術ではないことになります(実務上「権利一体の原則」と呼んでいます。)。

 つまり、請求の範囲の記載はそのくらい重要なのです。
 ここで注意しておきたいことは、発明特定事項を削除ではなく、付加した場合には原則として侵害になるということです。すなわち、A+B+Cという他人の腕時計の特許権があるときにA+B+C+D(Dは、この時計にぴったりの日付機構)というアイデア(「利用発明」といいます。)を実施すると権利侵害になります。
 もし、Dという事項に効果があれば新しい発明として特許権を取得することができます。しかし、たとえ特許が取れたとしても侵害になります。特許権が取得できるということと、侵害になるかどうかということとは無関係なので、区別して考えてください。

3.事例
 ここに一つの権利(実公昭37-26419号)があります。少々古いですが、分かりやすい例のため取り挙げます。このピンは、シートカバーなどを固定するためのピンです。その請求範囲の記載は次の通りです。
「周辺に鋸歯を有する龍頭の下側に螺旋状の針を有するピンの構造」(図1~3参照、以下この権利を「甲」ということとします。)
この甲を各構成に区分して見ますと、
 A…周辺に鋸歯を有する、B…竜頭の下側に、
 C…螺旋状の針、D…ピンの構造というようになります。
つまり、この権利はA+B+C+Dのように表すことができます。
 そうしますと、AもBもCもDも1つ1つが請求項に書いてある以上、法律上どれもこれも重要な事項ということになります。
 どの事項1つ取り去って見ても、それは実用新案登録された考案ではなくなり、権利侵害はなくなってしまうのです。なお、正確には「技術的範囲には属さなくなってしまう」というべきですが、分かり易くするために権利侵害云々といういい方をします。
 そこで第4~6図のイ号を見て下さい。このピンは権利侵害になるのでしょうか。
イ号は重要な事項であるA「周辺に鋸歯を有する」という事項を含んでいませんので、権利侵害は生じないことになります。

4.請求項の大きさ
 このように請求範囲の法的性格を見て来ますと、自ずから分かるのですが、請求項に書かれた事項の数が少なければ少ないほど、いい権利ということになります。それはその権利を回避するために、削除するために選べる事項の数が少なくなるからです。従来、腰掛けるものとして丸太しかなかったときに
 a脚部Aと、その上部に設けたシート部Bよりなる椅子。
 b脚部Aと、その上部に設けたシート部Bと、その後部に立設した背もたれCよりなる椅子。
 という2つの請求項があったとき、どちらが大きな権利かというと、もうお分かりのようにaなのです。

5.技術開発への応用
 貴社において技術者が請求範囲の法的性格を熟知しているならば、他社特許公報(「特許公開公報」では審査前ですのでダメです。)を見ただけで実施可能な多くのアイデアが生まれてきます。どうしてか。ことは簡単です。競合他社の特許公報を読み、その請求範囲に着目してその構成の一部を外し実施可能かどうか検証します。すべての事項が重要なのですから、どれか一つ除くのはそれほど困難ではないでしょう。可能であれば改良アイデアをくっつければ貴社において有用な技術が短時間で多数開発できます。
 ところが、特許というのはなんとなく「すべての構成に権利があって、全体として似たようなものは真似してはいけないのだ」という認識で開発に取りかかりますと、一から考えることになるため、とんでもない大回りをすることになります。

6.モラルの問題
 競業他社のA+B+Cという請求範囲を見て、A+Bを実施することは、「商業モラルに反しているのではないか」という質問を受けることがあります。しかし、特許法の目的は産業の発達にあり(第1条)、発明の実施だけでなく利用を図ることも産業発達の手段となっています。特許法は、発明の利用を図る目的でわざわざ公開制度を設けているのです。発明の合法的な利用はまさに特許法の目的に合致していて、推奨されるべき行為といえることはあっても、商業モラルを問題にされることはあり得ないのです。

7.最終判断は専門家に
 上記の事件は実際にあった事件で高等裁判所まで争われたのですが、本件では権利者が最終的にも負けてしまいました。原則通り鋸歯は重要であると、裁判所も認めたのです。しかし鋸歯を請求項に書いたばっかりに、つるつる構造のものをやられてしまった上記の実用新案権者は少しかわいそうではありませんか。もし考案の本質ともいうべきところが針を螺旋状にしたことにあるのに、たまたま鋸歯を書いただけで非抵触となってしまったのであれば、権利者は「本質は真似しているじゃないか」とやり切れない思いだったに相違ありません。
 しかし、「鋸歯をつけたものとつるつるの龍頭は同じだと認定しましょう」という理論もあるのです。「均等論」といいます。最高裁判所は、平成10年にボールスプライン事件で均等論の適用の判断基準を示しました。均等論についての詳しい説明は省きますが、構成が違っているから侵害しないという主張が通らないケースがあるのです。また、化学、ソフトウエア等の技術分野によっては特殊な判断をすることがあります。従って、技術者の皆さんが回避したと確信があるときでも、実際に製造に取りかかる前に知財部か弁理士に最終確認を依頼していただきたいと思います。

弁理士 恩田 博宣 著/弁理士 中嶋 恭久 編