知的財産の価値評価 ~日本弁理士会の評価人推薦制度のご紹介~/弁理士 椿 和秀
新聞掲載記事- 弁理士会
特許、意匠、商標等の知的財産の価値評価が様々な状況で行なわれています。例えば、企業間のM&A、事業承継等において、知的財産の譲渡が行なわれる状況では、企業が保有する知的財産を適切に評価する必要があります。破産手続きにおける財産の処分でも、財産の一種である知的財産の価値評価が必要になり得ます。或る企業の知的財産のライセンスを他社に許諾する際には、ライセンス料の算定の根拠とするための価値評価が必要です。また、近年では、金融機関が企業の知的財産を担保として融資を実行することも話題になります。このような状況でも価値評価は必要になり得ます。
知的財産の価値評価の手法としては、原価法(コスト・アプローチ)、取引事例比較法(マーケット・アプローチ)、収益還元法(インカム・アプローチ)等が提唱されています。価値評価を行なう者(ここでは「評価人」と記載する)は、いずれの手法を採用するのかを適切に選択し、選択手法に従った適正な評価を行なうべきです。即ち、評価人には高度な専門的な知識が求められます。
日本弁理士会(以下では「弁理士会」と記載する)は、かねてから、知的財産の価値評価に関する様々な研修を行なっており、評価人として活躍できる弁理士を育成しています。そして、弁理士会が運営する知財経営センターは、個人、法人、裁判所等からの依頼に応じて、価値評価に精通した弁理士(評価人)を推薦する仕組みを有しています。図にあるように、弁理士会は、推薦依頼を受け付けると(1)、弁理士会でリスト化している評価人候補者に対して公募を行ない、応募者の中から地域、専門分野、経験等を考慮して評価人を選任します(2)。そして、弁理士会は、選任した評価人を依頼者に通知します(3)。その後、評価人と依頼者との間で必要書類のやりとりが行なわれ(4)、評価人は、書類に基づいて見積書を作成して依頼者に提供します(5)。評価人は、依頼者から正式な依頼を受け付けると(6)、鑑定評価者を作成して依頼者に提供します(7)。上記の(1)~(7)に必要な期間としては、ケースバイケースではありますが、2~4ヵ月程度が多いようです。また、費用は、評価対象の権利が1件である場合には、数十万程度が多いようです。詳しくは、日本弁理士会のHPをご覧ください。https://www.jpaa.or.jp/about-us/attached_institution/management-2/management-02/。
上記の評価人推薦制度は、裁判所からの依頼も多いことから、一定の信頼性が得られているものです。令和6年度の依頼件数は7件です。例えば、企業が自社の知的財産の譲渡を考える場合には、この制度を利用することを検討するのはいかがでしょうか。
また、2024年6月に事業性融資の推進等に関する法律が成立し、今後、金融機関が、当該法律で定められている企業価値担保権という新たな担保権を活用した融資を実行することが予想されます。企業価値担保権は、企業の無形資産を含む事業全体を担保とする制度です。これにより、有形資産に乏しいスタートアップ企業や経営者保証に躊躇する中小企業が、今までのような不動産担保又は経営者保証を利用しなくても、資金調達を行なうことが可能になります。企業の無体資産は、特許、商標等の知的財産を含みます。従って、企業価値担保権を設定する状況においても、知的財産の価値評価が行われる機会が増えるかもしれません。
今後、弁理士会の評価人推薦制度が益々活用されることを期待しています。