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スポーツと知的財産 ~中部発、競技から日常へ~/弁理士 橋本 哲

新聞掲載記事
  • 特許(発明)

 今秋、愛知・名古屋アジア競技大会が9月19日に、アジアパラ競技大会が10月18日に開幕します。地元開催とあって関心も高まりますが、現代のスポーツは、選手を支える「技術」と、それを守る「知的財産」が競う舞台でもあります。

 今年4月のロンドンマラソンで、ケニアのサウェ選手が1時間59分30秒を記録し、公式大会として史上初めて2時間の壁を破りました。この快挙の裏側にも、実は知財の攻防がありました。

 流れを変えたのは2018年の米ナイキのシューズ「ヴェイパーフライ」でした。厚いソールにカーボンプレートを組み込み、バネのように弾む構造で記録を次々と塗り替えました。同社のシューズを支えるこの技術は各国で権利化され、日本でもいくつかの特許が取得されています(特許第7563775号ほか)。こうして築かれた強固な「特許の壁」が、他社の追随を長く阻んできました。

 これに対し、ライバルの独アディダスは、ナイキの特許群を迂回しつつ、カーボンをソールの外枠だけに配置し、内側は空洞にして柔らかいフォームを直接踏み込むソール構造(「アディゼロ・アディオス・プロ・エヴォ3」、特開2025-78027)を開発し、片足平均97グラムという超軽量化と推進力の両立を実現しました。サウェ選手をはじめ、2時間を切って2位に入ったケジェルチャ選手、女子最速のアセファ選手もこのシューズを履いており、アディダスの評価を高め、長く続いたナイキ一強の構図がここで大きく動いたのです。

 スポーツにおけるこうした知財と技術の戦いは、大企業だけのものではありません。車いすの製造販売を手がける岐阜県養老町の株式会社松永製作所は、独自の知財戦略で活躍する中小企業です。

 挑戦の始まりは、今から四半世紀前にさかのぼります。「もっとかっこいい車いすをつくりたい」という経営者の想いに開発メンバーが共感し、競技用車いすの開発が動き出しました。開発者自らが試乗し、限界まで使い込んで壊しては直す。その積み重ねが実を結び、英国の車いすバスケットボール代表チームをはじめ世界各国のアスリートに製品を届けるまでになりました。

 同社の知財戦略で注目したいのが「逆の発想」です。一般的な「通常製品の技術を競技用に応用する」という流れではなく、あらゆる性能が極限まで求められる競技現場で磨かれた構造技術や安全思想を、日常用の車いすへ還流させることを大切にしています。たとえば、競技ではハンドリムを「握る」のではなく「押し当てて漕ぐ」という動きに着目し、その知見を日常用車いすのハンドリム開発に生かしました。

 この「逆の発想」は、日常用の車いすにとどまりません。競技用車いすで培ったデザインと技術をもとに生まれた非金属車いす「モルフ」は、その名のとおり金属を使わない構造で、座ったままでも金属探知ゲートを通ることができます。中部国際空港でも見かけることができ、MRI検査などの医療現場でも活躍しています。いずれも、競技という極限の場を開発の場と捉える知財戦略の産物です。あわせて特許権や意匠権の取得にも力を入れています。

 同社は、パラスポーツの世界大会を通じて培ってきたブランドを守るため、海外でも多数の商標を取得しています。模倣を防ぐだけでなく、海外の競技団体との連携や海外展開を進める力にもなっています。そして今秋のアジアパラ大会でも、同社の車いすは選手とともに大会の舞台に立つ予定です。

 スポーツを観る視点を、少しだけ変えてみませんか。シューズや車いすに込められた技術と知財のドラマに思いを馳せれば、今秋のアジア大会・アジアパラ大会はいっそう味わい深いものになるはずです。  


【写真キャプション案】左は非金属車いす「モルフ」、右はバスケットボール用車いす(株式会社松永製作所提供) 

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